さらにこちらでは
今日は橋本環奈主演「セーラー服と機関銃」を観てきたんだけど、元祖・薬師丸版が「何も知らない新人女優・薬師丸ひろ子の戸惑いをヤクザの組長になった女子高生と重ねる」ことで成功していたのに対し、橋本環奈さんがあまりにも優秀でなんでも出来てしまうので「極道の妻たち」みたいな映画になってた
とにかく感想としては「橋本環奈の超人性」だけが強烈に残る内容で、安藤政信、鶴見辰吾、伊武雅刀、武田鉄矢というヤクザ役の面々を相手に映画初主演のアイドルがヤクザ同士の凄みあい、かけあいでギリギリ押し込むのがすごかった。薬師丸版とは何もかも別物というか、あえて正反対の方向にした感じ。
「どんなに賢そうな台詞を用意しても、しゃべらせるとバカなのがばれてしまう」という俳優っていると思うんだけど、橋本環奈の場合はその逆で、脚本として等身大の女子高生の台詞が用意されていても、声を出すと「こいつは頭が切れる、普通の人間ではない」ということが一発で観客にわかってしまう。
そして面白いことに、ヤクザ映画の中で「頭が切れる、優秀である」ということは「こいつは強い」というイメージに繋がるんだよね。なので「女子高生がヤクザの組長に」というのは薬師丸版ではミスマッチな可愛さを引き立てる効果があったんだけど、橋本環奈版では「なるべくして四代目になった」感満載
たぶん監督も早い段階でその橋本環奈の特性に気がついて、「こりゃ薬師丸版とか長澤版みたいにやってもダメだ」ってことで、完全にイケイケの武闘派現役女子高生ヤクザという星泉に設定を変えたんだと思う。「レオン」のナタリーポートマンよりは「キック・アス」のクロエ・グレース・モレッツに近い。
この映画で橋本環奈演じる星泉は特に腕力が強い訳でもない普通の女子高生なんだけど、出演俳優の誰よりも危険な暴力の匂いを発している。「ヤクザとは何か」「なぜヤクザは怖いのか」という本質に迫る「アイドル映画版アウトレイジ」みたいな映画になってます。そんな事をファンが望んだかはともかく。
そんなわけで僕の橋本環奈版「セーラー服と機関銃」の感想は「高度に発達したアイドルは、ヤクザと区別がつかない」でした。おすすめの見所は「安藤政信が橋本環奈に顔を近づけて凄むシーンで、橋本環奈の頭蓋骨サイズが安藤政信の半分しかないことが観客にわかる」シーンです。終わり。
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(via mug-g)
橋本環奈ってどんな子かしらんけど観たくなってきた
(via zepyhrer)
「セーラー服と機関銃」ってその組み合わせのミスマッチ感が面白いタイトルなんだと思ってたけどよく考えたら普通の海軍だよね
セーラー服はスカーフをシュルッと抜くところと脇のチャックを上げるところが最大の山場なんですが、ブレザーの場合はネクタイを外してシャツのボタンをひとつひとつ外すというクライマックスがあるんですよね。脱ぎ方に関してはブレザーに一日の長があると言わざるを得ない。
二人乗りの自転車(ホントはダメね…)の後ろで「何て言ったの?聞こえなーい」と言いながら風に襟をたなびかせる為にはセーラー服です╭( ・ㅂ・)وポニーテールです!
NHKで沖縄ブームの立役者となった「ちゅらさん」というドラマがあったが、その中で沖縄と東京を対比して描くエピソードがあった。沖縄から出てきたヒロインの友人が、東京は冷たいところだ、嫌なところだ、沖縄に帰りたいと愚痴る。それに対して東京人の菅野美穂のキャラが激怒していう
「私は、東京生まれの東京育ちなの。私も思うよ。東京って嫌なところがあるって。でもね。東京を嫌な街にしたのは、あんたのような人達よ。東京に暮らしていながら東京を好きになろうとしない。愛そうとしない。どうせいつかは出ていくんだ。それまで我慢してるだけだ。そんな人達ばかりの街が、いい街になるわけがない
…東京に対して失礼よ。そんなに沖縄がいいのなら帰ればいい。帰って東京の悪口言ってればいいでしょ。あそこは、人の住む町じゃないとか何とか言ってりゃいい。でも私は、そうは思わない。ここは人が暮らしてる町だよ」自分はこの脚本を書いた岡田氏は、健全な認識を持っていたと思う。田舎者よ。そういう自分は東京で何をした? 東京のためになにをした? 東京のせいなのか? すべて自分じゃないのか?
共同体を愛していない人間が共同体の一員になるのは不幸なことだ。共同体のためにもならないし、個人のためにもならない。東京だけに限らない。市町村だろうと都道府県だろうと。国だってそうだろう
SuperMTec
