a maid and an old man ,Akihabara
さらにこちらでは
第二次世界大戦中、軍部の使用に便を図るため、東京のタクシー会社は4社に統合させられた。構成4社(大和自動車交通・日本交通・帝都自動車交通・国際自動車)の社名は、「大日本帝国」を分割したものに由来するといわれている
日本語でいちばん使うことが少ない発音は金田一春彦『ホンモノの日本語を話していますか?』によると「みゅ」という発音だそうだ。その本によれば大豆生田(おおまみゅうだ)という名字でしか使われていないらしい。そういう意味ではきゃりーぱみゅぱみゅの出現は日本語的にも大きな意味があった。
日本がもし100人の村だったら、北海道民は4人です。
また、東京都民が10人であり神奈川県民が7人、千葉・さいたまの県民が5人。
同様に、静岡3人・愛知6人・大阪7人・兵庫4人となり、
残り37府県は1人か2人となります。
しかし鳥取県だけは0人となり、鳥取など存在しないことが解ります。
珍しい名字
☆八月一日→ほずみ さん
☆東西南北→よもひろ さん
☆春夏秋冬→ひととせ さん
☆東京→とうきょう さんは、現在日本中で一人だけ。
☆留守→るすさん
☆醤油→しょうゆ さん
☆小鳥遊→たかなし さん
☆家出→いえで さん
☆珍名→ちんな さん
東京をはじめとして日本の都市は、毎日変わり続けている。
たった100年前のものすらほとんど残ってない。
ローマはどうだろう。2000年前の遺跡が、朽ち果てつつも、依然として、その威容を誇っている。しかし、それはあくまで「遺跡」である。
その周囲に人々は新しい町を築いて生活している。
ヴェネツィアは違う。変化と不変が同居し、永遠と一瞬が同居し、繁栄と衰退が同居しているのだ。
インド人のポスドクと雑談をしていて、日本の改憲の話になった。憲法9条の武力を放棄、平和を希求ってのが今の総理大臣は気に食わないらしくてね、というのが私の簡単な説明だったのだが、そのインド人は第二次世界大戦を最後に日本は戦争をしない、って決めたっておもってたけどそれが変わるわけか、とこれまた簡単な感想を述べていた。日本が戦争をしないと決めている、という事実はおそらく日本人が思っているよりも世界的には結構有名な話である。タクシーでイラン人やパキスタン人の運転手と日本車の話をしていても(おそるべきことに車を持たぬ目下の生活だと週に5回はタクシーを使う)、戦争しないでいい車作って、日本は実にいい国だ、といわれたりする。外国人の日本の外交政策に関する印象はこの程度であるのだが、この単純さは実に明快でだからだれの頭にでも残るのだろう。”日本は戦争をしない”。実に明瞭な宣伝である。すくなくとも”美しい国”とは次元の違うレベルの訴求力だ。
たとえば、どこかの国で日本を説明しようとする。「日本は戦争をしない、戦争をしないと憲法で決めたんです」ということと「日本は美しい国です。四季があるんです」。どちらのほうが共感を得るだろうか。前者ならば「ああ、それはすばらしい。」と単純に共感してもらえるだろう。もうすこし複雑な反応があるとしても「難しいことですが、よいことですね」。となる。でも後者であれば「そうでしょうね。」でスルーだ。お世辞がつけば「一度いってみたいといつも思っています」。日本は美しいです、という説明はまさに人畜無害、対外的には意味がないし、メッセージもないからである。「戦争をしない」というのは私とあなたが国家の対立のもとで、殺しあうことはないという実に直裁で現実的なものすごいメッセージなのである。別の角度から言えば、「戦争をしない国」というのは国旗や国歌よりもはるかに具体的で強力な日本という国家のアイデンティティとして実効しているのだ。
以下のような歴史の話をご存知だろうか?第二次大戦終了後の1951年、各国が参加して「サンフランシスコ平和会議」が開かれました。この会議では、戦後の日本の独立問題や日本への制裁について話し合われたんだそうです。会議の中でソ連の代表は、日本を独立国とすることを認めず、独立国としての自由を制限する何らかの措置を日本に科することを執拗に主張したといいます。西側諸国の中には、この考えに同調するものもあったと聞きます。その中で、スリランカのジャヤワルデネ代表の演説が日本を救ったというのです。
ジャヤワルデネ代表は、同じアジアの仏教国という立場から、「憎しみは憎しみによって止まず、愛によって止む。」というブッダの言葉を引用して、強く日本を擁護したのです。そして、日本に対するいかなる制裁にも反対し、日本の完全独立を認めて国際社会の一員として迎えるべきだと説いたといいます。このスリランカ代表の演説が効を奏して、日本が独立国として認められたというわけです。
「サンフランシスコ平和会議」で日本を救った、このスリランカ代表の演説について、僕は最近まで全く知りませんでした。初めて聞いたのは、今年10月にスリランカを訪れた際に、スリランカ政府のある役人に聞かされたときでした。今回のスリランカ訪問でも、同じ話を別の人に聞かされました。どうやらこの話は、スリランカ人の間では結構有名な話みたいなんです。あるスリランカ人は、日本はあの時の恩を感じているから、今スリランカに多額の経済援助を与えてくれるんだろうと言っていました。
日本でこの話を知っている人は、果たしてどれくらいいるんでしょうか。少なくとも、僕はこれを歴史の時間に習ったという記憶がありません。誰かこの話を学校で習ったという人がいたら、教えて下さい。こういう話は知っておくべきですよね。少なくとも、スリランカを訪れる日本人には知っておいてもらいたいです。そうでなければ、僕のように恥かしい思いをすることになるかもしれません。
東京喰種はトウキョウグールと読むらしいけど、『東京』って頭に付くとたちまち創作物のタイトルが成立するあたりに東京の凄さを感じる。大阪グールとか名古屋グールだとお土産感の方が勝つ。北海道グールだと新手のおいしいバター感。
この夏で34歳になる独身女性です。
派遣終了してから無職期間約半年。もう無理です。3月中になんとかしたいと思っていましたが(というかそうしなければ経済的に限界が目の前で、恐ろしくて
夜も眠れない)、やはり駄目でした。
特にテレビで大学合格や先日の入社式の映像を見て、精神的にももう無理です。私の近くで起こっていることなのに、まるで別の国の出来事のよう。
親の忠告を無視して東京に居続けたから、今更、生活が限界だからなんて理由で戻るなんて、恥ずかしくて、悔しくて言いたくないけど、このまま東京にいたら
本当に住む部屋さえなくなりそう。だから、本当の事を伝えます。
思えば短大進学のために上京してから何かいいことあったっけ・・。
高校の頃に描いていた東京生活での夢なんて、とっくに実現するはずないと気付いていたのに。何を求めて東京に居たんだろう。
ずっと派遣だったから常に生活苦。無理して流行のファッションに身を包んでもクレジットの引き落としの心配ばかり。燃えるような恋愛なんて、かけらも無
い。成り行きでの体験がほんの数回あっただけ。
実家は、漁業位が特色の人口数万の町なので漁業関連の仕事を探す事になります。
同級生はほんんど結婚しているから、結婚相手いるかな?田舎じゃこんな歳の女なんて、もう立派なおばさんだしね。
もう駄目。さようなら東京。 : 生活・身近な話題 : 発言小町 : 大手小町 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
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こういう人結構居るのかな。
俺も一緒だな。
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やたらに東京のうどんをこき下ろす大阪の人は、本当の大阪の人じゃないんだよね。たいていお父さんが播州赤穂だとか備前岡山なんだよ。そういう所から大阪に来て、自分は浪花っ子になったつもりでやるんだよ。本当の大阪の人は決してそういう事を言いませんよ。
また、東京の人も、本当の東京の人だったら決して他国の食いものの悪口というのは言わない。一番いけない、下劣なことだからね(池波正太郎『男の作法』より)
