中等4年生、世間でいう高校1年生のとき、教室にわたしの居場所はなかった。クラスには知っている友達が1人もいなかった。3年生のとき、どんなに呼び掛けても静かに授業を受けてくれなかった同級生への失望もあったかもしれない。お昼休みになると、1人で校舎の裏や学校の近くのお寺でお弁当を食べた。そこにもやっぱり居場所はなかったけれど、週に1度だけはきちんとわたしの場所が用意されていた。図書館だった。
4年生になる直前の3月、図書館のY先生の言葉に心を動かされたわたしは図書委員になった。本を読むのは得意じゃなかったし、図書館に行ったことはほんの数回しかなかった。けれどもう一度Y先生に会いたい。その一心だった。
図書委員は週に1回、昼休みに図書当番をする。本の貸し出し手続きや返却手続きをするのだ。その日は、Y先生と学校司書の女の人がいる図書準備室でお弁当を食べていい。わたしは極めて無口で、1人のときと同じように黙って食事をしたが、Y先生や司書の先生の話すことに聞き耳を立てたり2人とたまに会話したりすることは本当に楽しかった。
外でお弁当を食べるのはピクニックじみていてわりに楽しかったが、当番でない雨の日は惨めだった。お弁当を手に空き教室を探し回る。すると偶然司書の先生に会った。「図書準備室で食べたら。他の委員の子も来てるわよ」。その言葉をもらって、当番をしない日にもわたしは図書準備室に顔を出すようになった。図書準備室にはそういう生徒が何人か来ていて、同じように教室に居るよりY先生の話を聞きたい変わった人たちだった。静かで不思議な図書館の人々の中心に、いつも聡明なY先生が居た。
Y先生は早口だ。字も相当汚い。頭の回転に言葉のスピードが追い付かないのだと思う。わたしの頭はその言葉にすら追い付けない。図書準備室に長く来ている先輩は慣れているのか同じくらい賢いのか、先生と議論を交わす。図書委員会で定期的に開催していた読書会でもY先生の切れた話は炸裂した。ほとんどの生徒が置いてきぼりで、わたしのはそれについていけないのが悔しかった。必死に話していることを追って、家や教室で考えたことをノートに書き込んだ。ページは日に日に増えていった。Y先生が東大出だと知って、ちゃんと勉強して面白い人がいる大学に入りたいと思ったのもこの頃だった。
ぼんやり黙って話を聞くだけのうすのろのわたしだったが、一度だけ、Y先生に褒めてもらったことがある。図書委員は当番制で「図書館通信」なるものに自分で選んだ本の書評を寄稿していた。わたしの番では、『チョコレート・アンダーグラウンド』という本を扱ったと思う。書評というより、のほほんとした世の中に警鐘を鳴らすような、怒りすら込めて書いた気がする。文字数が長大になって内心びくびくしていたが、その号が発行された日に、Y先生は「君、中々いい文章を書くね」とおっしゃった。初めて苦笑いでないY先生の笑顔を見た。そのときが、それまでの人生で一番嬉しかった(もっともその喜びをもってしても、わたしは読書への苦手意識を克服できず、それが最後の寄稿となったのだが)。
その年の春、Y先生は別の学校に移られることになった。離任式のスピーチで、一体どんな言葉を生徒に伝えるのかと思っていたら、Y先生は歌を歌われたのだった。「君の行く道は果てしなく遠い……」、「若者たち」という曲だった。ずしん、と心にのしかかるような、重厚な歌声だった。
離任式の日には図書館でY先生の送別会が行われたが、わたしは行けなかった。今の自分が情けなくて、不甲斐なくて、顔向けできなかった。先生と議論をしていた先輩たちはきっと先生に花を送れたろう。わたしは体育館裏の自転車置き場で、1人「若者たち」を口ずさんだ。「君のあの人は今はもういない……」。涙があふれた。わたしはY先生に生かされた。そのことを心から喜んでもらえるようになりたい。3月の穏やかすぎる空を見上げて、1人歩き出した。
さらにこちらでは
不滅の遺産を護る方々へ
全国の図書館員のみなさま、おつかれさまでございます。
みなさまの図書館は健在ですか?
利用する市民の活力源になっていますか?
なによりも、みなさんご自身が日々本を護るお仕事に熱中しておられますか?
あの3.11の大災害のあと、現地を回ってみたわたくしの眼に、もっとも衝撃を与えた光景の一つは、紙と本の運命でした。水浸しになった図書館を見ました。濡れて使い物にならなくなった本を店の前に山と積んだ書店を見ました。海辺にあった製紙工場では、大きな紙のロールがビーチ沿いに見渡す限り遠くまで放置されていました。しばしのあいだ、そこには書物と紙が失われた世界があったと思います。どんなに寂しかったことでしょうか。それは、人間の叡智の墓場だったかもしれません。失われて初めて、本と、それから本を護る図書館の存在意識を実感しました。
むかしベルリンのフンボルト大学図書館で聞いた話ですが、この図書館はドイツが連合国に降伏した直後、空爆を受けたのにもかかわらず、館員がまっさきに図書館を開いたそうです。しかも、開いた図書館には何人かの利用者が来て、待ちかねたように本を読んだそうです。
そう、図書館は不滅なんです。負けないんです。そして本も。人間がいるかぎり。
図書館員のみなさまは、不滅の人間遺産を護るガーディアンです。
3.11を乗り越えた今、わたくしはみなさまがそのように見えています。
災害にも、予算不足にも負けず、市民と一緒に本を護りつづけましょう。
作家 荒俣宏
今、流行りの「窓が大きくて明るい図書館」ってものなんとかならんのか。
福井県立図書館は自然光がサンサンと入り、背表紙という背表紙はすべてヤケてしまって、ヤケた背表紙にテプラをベタベタ貼って対応していた。図書館は陰気で窓が一つもない方がイイのだ。
読書好きのフィンランド人。図書館の年間平均貸出数は一人当たり19冊以上。作家にとっても、自分の著書が貸出された回数によって補償を受け取ることができるシステムがあるため、図書館は欠かせない存在です。
アメリカの図書館には「自殺したくなったら図書館 へ」というポスターがあるそうです。誰でも利用できて、無料で好きなだけいられて、雑誌や新聞も読める。手に取ったその一冊がその人を救うかもしれません。図書館はそんな場所。いくつの図書館がそういう意識を持てるのかな、特集組めるのかな。
図書館の先生 2
楽しいはずの夏休みですが辛い子もいると思います。去年もつぶやきましたが、 夏休みは家庭環境に問題のある子には居場所がなくなることでもあります。開館している間だけでも図書館にきてみませんか。図書館は誰でも使えます。あなたが誰でも何も聞かれません。本は読んでも読まなくても大丈夫。
男子高校生が図書館に本を返します。女性の図書館司書(実験協力者)が「ありがとうございます」と受け取ります。その時に司書が高校生の気付かない程度に手に軽く触れます。
すると高校生の、その司書への好感度が上がるのです。
手をチラッと触れられた高校生の方がそうでない高校生よりも司書を「魅力的」と思う割合が高まるわけです。本人が触れられたことに気付いてない場合でも、好感度が高いのです。さらに面白いのは、「魅力の理由」を尋ねられた時、
「笑顔が素敵だったから」「髪型がいいなぁと思った」
と、高校生は手に触れられたことに気付いていないので、自分の感情の理由をでっち上げてしまうのです。
・・・実験の根本の差異である「手に触れられるか」が、本当の理由ですが、本人はそれに気付いていない。
すると、人は自分の好悪の理由も分からないまま、本来の理由と異なる理由をこじつけてしまう。この脳の性質は「作話」と言われます。
図書館の分類って、1哲学がおこり宗教が生まれ、2歴史、地理、そして3法律や社会の仕組みが出来、4自然や5技術を知り、6様々な産業がおこり、7芸術や余暇が生まれ、8言語、9最後に架空の物語が生まれる、っていう風に0~9類まで並んでいて、最初それを教わった時はちょっと感動した。